カテゴリ:映画ジャンキー( 9 )
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2004年 12月 01日 |
b0025831_19103367.jpg年末の話題作ラッシュに押され、少々影が薄い「ポーラー・エクスプレス」。オールズバーグ作の人気絵本"急行「北極号」"を著者自らがプロデュースし、ロバート・ゼメキスが監督した全編フルCGのファンタジー作品である。
内容は、子供時代に描く「最高のクリスマス」のエッセンスが、これでもかと散りばめられた映画だった。
リアル系フルCGによるキャラクターは日本人から見るとバタ臭く、技術的にも数年前に大失態を晒した邦画「FINAL FANTASY」を越えたとはいい難い。列車というモチーフを使ったジェットコースタームービーとも言えるし、アトラクションムービー的な色も濃い。

しかし、クリスマス特有の喜びの中に潜む一抹の寂しさや、喧騒と背中合わせの静けさまでをセンス良く盛り込んだ原作者と監督の手腕は、やはり一流である。むしろここまでストレートなアプローチでありながら観る者を飽きさせることなく、これまた予想がつくクライマックスまで一気に引っ張る演出はさすが。
好みの問題もあるが、私的にはディズニータッチとは一味違う、ノスタルジックで素敵なご都合主義を詰め込んだ佳作だと思う。ただ、ここらあたりの感じ方は世代によっても異なるかも知れない。

同じオールズバーグが原作と脚本を務めた「ジュマンジ」が好きな人になら、何の躊躇もなく薦められる作品である。
逆に「クリスマスは恋人同士で過ごす夜」と言い張る方にはお薦めしない。
ピーターパンシンドロームと言ってしまえばそれまでかも知れないが、イブの夜"11時55分で止まったままの時計"を心に抱える人にとっては、今年を締め括るに相応しい一本。

観終わった後、私が子供だったら臆することなく「ポーラー・エクスプレス」に乗れただろうかと、柄にもなく真剣に考えてしまった。
2004年 11月 25日 |
b0025831_17415313.jpg今年は国産アニメーション大作映画の当たり年だと言われ続けてきた。
押井守の「イノセンス」を皮切りに、大友克洋の「スチームボーイ」、宮崎駿の「ハウルの動く城」と、実力も実績もある大物クリエーター諸氏の作品が立て続けに公開され、奇跡の年になるはずであった。

ところが蓋を開けてみるとどうだ。そのどれもが、大小の差はあれど少なからず疑問を抱いてしまう完成度だったことは、既に明らかになってしまった。

語るに値しない歪んだマスターベーションを見せ付けられた「イノセンス」。
完成までの紆余曲折に物語の鮮度を奪われてしまった「スチームボーイ」。
宮崎+ジブリブランドの陰りを予感させる「ハウルの動く城」。

「ハウル」に関しては、まだ公開直後の喧騒の真っ只中と言うこともあり、各種媒体における扱いも好意的(恣意的と言ってもよい)だが、他の2作は公開前にあれだけ声高に支持していたサブカル誌や専門誌でさえ一気にトーンダウンしてしまっている。


そんな中、僅かな希望を見出せる存在であったのが、曽利文彦・荒牧伸志の「アップルシード」ではないだろうか。
トゥーンシェードと呼ばれる技術で2Dアニメ風に仕上げられたポリゴンCGキャラクターが、モーションキャプチャーによって演技するという、どちらかと言えばTVゲーム寄りの画像で構成された映画である。
他の大作と比較すると、予算・製作期間・一般的な話題性において小品と呼んでも差し支えないだろう。
当然、手書き2Dアニメのような暖かさや味はスポイルされた画面になっており、冷たく硬質なフェイク感は拭いきれない。

しかし、そこに作り手の「センス」や「熱意」が存在する隙間がないかといえばそうではない。
従来のアニメーション演出の延長線上にあるダイナミックさと自由度をしっかりと押さえた本作は、現状においては好バランスの佳作だと感じた。
将来的に見返せば時代の徒花的な存在になるであろうことは安易に予想がつくが、手書き2Dアニメとも、リアル志向のフルCGとも異なる可能性の一端を見せてくれた気がする。


物語やキャラクターに関しては、好みの問題があるので一概にお薦めはしない。
標準体型の女性キャラが尋常ではない戦闘能力で活躍する話、と聞けばそれだけで身を退く人が多いだろう。
連綿と続いてきたライトオタク向けのキャラクター、そして正直辟易する設定である。
だが皮肉なことに、同じ士郎正宗を原作者(原案)とする「イノセンス」と比べ、理屈抜きで遥かに楽しめたことは否定のしようがない。

願わくば、国産アニメーションの新しいジャンルを拓く林檎の種子(appleseed)となって欲しい。
2004年 11月 22日 |
b0025831_21255170.jpg公開初日に「ハウルの動く城」を観て来た。
とても面白く、劇場へ足を運ぶ価値は十分にある作品だが、観終わったあとにわだかまりが残ったことも隠せない。
そのわだかまりが何なのか、帰りのクルマの中でずっと考えてしまった。
色々な方面から聞き飽きるほどの賛辞が寄せられるのは目に見えているので、少しは辛口な感想を述べてもいいだろう。
批判ではなく、飽くまで個人的な感想なのでご勘弁のほどを。


オープニングから序章にかけては期待通り宮崎タッチ全開で、たちまち惹き込まれていくほどに素晴らしい。だが、その後から少しずつ小さな違和感が姿を見せ始める。
細かいことをあげつらうのは本意ではないが、それにしても主人公の変貌ぶりがあまりにも唐突である。いや、呪いによって老婆に変えられた容姿のことではない。
普通に齢を重ねてきたお婆ちゃんのような振る舞いと心の成熟は、ハッキリ言ってただの別人ではないか。
行動と精神的な面での変わり様は、いくらその根底に「恋心」があると言われても、説得力に欠ける。第一、その「恋」自体が上手く書ききれていない。
宮崎作品そのものが恋愛下手なのはわかっていることだが、今作では「人を恋する心」をもう少し丁寧に掘り下げるべきではなかったか。

また、原作を忠実になぞろうとしたせいかどうかはわからないが、ストーリー的に散漫な印象が残ったのが残念。原作未読(私もだが)の人には理解力がついていき難い展開もあちこちに見られる。
実際、クライマックスにおいても登場人物の行動の動機が読みにくいシーンがあり、せっかくの盛り上がりに水を差しているようにも思える。
本筋に密接に関係しているはずの「戦争」という重い時代背景も妙に遊離してしまっており、形ばかりのファシズムが散りばめられているだけだ。そのために街が爆撃されている理由、ハウルが何と戦っているのかまでが、それこそ儚い魔法のように漠然としている。

宮崎作品はそのメッセージ性もさることながら、場当たり的な展開ではなく綿密に練られた骨太な筋書きが魅力だったはずではないか。前作の「千と千尋の神隠し」あたりから、「お話」としてまとめあげる力が落ちてきているような気がするのは私だけだろうか。
それは、前日にテレビ放映されていた「もののけ姫」の作品としての完成度と重厚さを見返してしまっていたからかも知れないが。


「ハウルの動く城」は、例えて言うならキラキラとした魅力を放つオモチャをたくさん詰め込んだオモチャ箱を覗き込んだような映画である。ひとつひとつを仔細に眺めると驚くほど素敵なのに、箱の頼りなさが気になって仕方がない。

一度の鑑賞では見えてこないモノが存在することを祈って、DVDの発売を待つことにしよう。
2004年 11月 06日 |
b0025831_14364844.jpg惜しい。本当に惜しい映画だと思う。
劇場公開時には期待を裏切られ、友人には酷評してしまった紀里谷「CASSHERN」だが、DVDで改めて観てつくづくそう思ってしまった。

確かに全編通してCGI処理された映像はくどい。悲壮感ばかりが前面に押し出された暗い設定にも批判はあるだろう。
キャシャーンの醍醐味とも言える、物理法則を無視した徒手空拳の戦闘シーンが少ないのも不満だ。
しかし、監督自身の作品に対する熱意が十分過ぎるほど伝わってくるだけに、余計に惜しいと感じてしまう。

何より2時間21分という長すぎる尺が、一番のネックになっているのは否定のしようがない。
多くのテーマを盛り込んで、丁寧に描いていきたいという気持ちはわかる。
しかし、個人的な感想を言わせてもらえれば、2時間5分以降のシーンはまったくの蛇足である。
あの時点の主人公のモノクロサイレントでの絶叫という印象的なカットで暗転した後、スタッフロールに入るべきではないだろうか。
語られるべきメッセージは、そこまでで全て伝わっている。
実は劇場でも「ここで! ここで終わってくれたら、かなりツボに入る作品になのに!」と祈っていた。

結局続いてしまったわけだが、あの後のルナ(ヒロイン)と母親を挟んで対峙した鉄也(主人公)と父親のやりとりは不要なだけでなく、気持ち悪い親子の安っぽい痴話喧嘩にしか見えない。
それまで抑えたセリフで語ってきた、家族・恋人といったパーソナルなものから差別・戦争・民族、果ては憎悪・復讐の輪廻といったテーマが、このシーンのおかげでマザコンとエディクスコンプレックスという余計な歪みまで強調される結果になってしまっている。
その後もだらだらと続く主人公のモノローグと、宇宙へ向けて広がっていく魂の群れという安直なイメージも説明過多であり、ストーリー上の救いにはなっていても映画としての作品は救っていない。
主要登場人物の幸せな過去のカットバックは、スタッフロールのバックに控えめに流せば、宇多田の楽曲も更に引き立ったことだろう。


ただ、アニメ原作物にしては本当に丁寧に作られた映画である。
監督の作品へのこだわりと愛情が、良い部分にも悪い部分にも発露してしまっている。サトエリを可愛く撮ることだけにご執心で、子供向け東映特撮作品より酷かった庵野「キューティ・ハニー」とは大違いだ。

繰り返して言うが最後の15分、あの部分がなければ和製ヒーロー物としては異例の優れたメッセージ性を持った秀作になったに違いない。だから、私個人も一概に「だめだコレ」とは斬り捨てられないでいる。
2004年 10月 05日 |
b0025831_20364371.jpgローソンに寄ると、店頭のLoppiのラックに大量の「ハウルの動く城」。
A4サイズの販促パンフで「ふーん」と特に考えもなく袋に突っ込み、会社に戻って開けてみて軽く驚きました。

表紙は新しいイメージ画像とキャッチコピー、裏はキャラクター商品の予約販売案内。
ここまでは普通のLoppiのカタログだったんですが、一回開くと主要キャラクターの大きな画像が。見開きA3サイズにコピーもなにもなく、ただキャラクターの画像が4点どーんと載ってます(左画像)。

もう一回開くと、今度はA2見開きサイズでお馴染みの「動く城」を大きく載せた広告ポスター。おいおい、なんだこりゃ。思い切ったことをするな。
そしてもう一度開くと、A1全面にまた新しいイメージ画の映画公開日告知ポスター。
つまり中綴じではなく、A1サイズのポスターを八つ折にしたパンフでした。
紙質はいつも通りなのに妙に厚いなとは思ったんですよ、手に取った時に。

今回は前作にも増してタイアップが目立ち、事前告知も派手にやってます。
宮崎作品では久しぶりの、甘いマスクの正統派ハンサムキャラクターも重要な役どころに据えてます。
しかも声は木村拓哉で、そのスジの話題性もバッチリ。新しい層を取り込もうとしているのが、少し透けて見えます。

作品に対して年々膨らんでいく周囲の期待と莫大な制作費、期間、ビジネスとしての規模。
しかしその状況に負けることなく、一貫してボーダーレスな「娯楽作品」としてのアニメーションを作り続ける姿勢は、皮肉っぽい評価は抜きにして本当に「タフ」で、尊敬に値します。

でも、もう一度「魔女の宅急便」や「紅の豚」クラスの作品を観たいなと思ってるのは、私だけじゃないはずなんですが。
2004年 09月 21日 |
b0025831_1748505.jpg「イノセンス」のビデオ(DVD)が発売された。レンタル店の店先にも並んでいる。

劇場公開の初日には、映画館に足を運んで観た。
「面白かった」という方もいるかも知れないが、私にとっては評価に値しない映画であった。

押井守というブランドネームが一人歩きし始めたのは何時の頃からだろう。
ビューティフルドリーマーという副題のついた、人気漫画を原作とした鬼娘の劇場版アニメでは、若い才能が輝いていた。
東京を舞台に、概念としてのテロと戦争をリアルに描写した近未来ロボットアニメの劇場版2作目も傑作である。
ところがそれ以外はどうか。

「イノセンス」においては活劇としての魅力がすっぽりと抜け落ちてしまっている。
哲学書や宗教書、過去の秀作からの引用ばかりで、イライラするほどまわりくどいセリフ回し。
「いい加減仕事の話をしようぜ」と言いながら、借り物の言葉で大学のディベート部のような掛け合いを繰り返す登場人物達。
一見高尚で哲学的なテーマを扱っているようで、全く表層的な戯言の繰り返しに過ぎないストーリー。
「わかんないならついてこなくていいよ」とでも言いたげな、クリエーターとしての傲慢さが鼻につく。

映像的には手間も時間も、そしてお金もかかっているのは理解できる。
しかし、最近のI.G.の特徴でもあるハイコントラストでハレーションを起こしたような2次元的キャラクターと、背景美術である凝ったCGが完全に遊離してしまっている。
舞台設定の美術部分とアニメーションのそれぞれが過剰に主張し、一体何を目指しているのか不明である。
ハッとさせられるようなカットは幾つかあるものの、高価な絵の具で描いた絵が傑作になるとは限らないということだ。


劇場公開前、マスコミはこぞってこの作品に期待し、高評価を与えた。
当然ビジネスとしての投資と宣伝展開に泥を塗るようなこと、そして押井ブランドを否定することが、商売人として賢いことでないのはわかる。
「大友のスチームボーイもそうだったじゃないか」と言う声もあるだろう。
確かにそうかも知れない。
しかし、あちらには底が浅くとも冒険活劇の魅力、映像としてのカタルシスがあった。


でも、もういいじゃないか。そろそろ腹を割って話そう。

「イノセンスは、期待してたよりも退屈でつまらない映画でした」 と。
2004年 09月 13日 |
b0025831_12572021.jpg好き嫌いは激しいでしょうが、チャン・イーモウ監督の前作「英雄 HERO」は個人的にヒロイモノの映画でした。
スケールのでかいホラ話、笑ってしまうほどオーバーな格闘シーン。ワイヤーアクションとCGの幸せな融合。大袈裟という言葉をそのまま絵にしたような映画なのに、最後まで飽きさせない脚本と画面構成の妙。

さて、今作の「LOVERS」はどうだったのか。

面白かったですよ。でも、個人的には「HERO」は超えませんでした。
三角関係と恋の鞘当てがお話の中心になっていて、どちらかと言えば女性受けはしそう。しかしそのおかげで時代背景や設定に必然性が薄れてしまっているのが残念。
「HERO」では愚直なまでの義侠心と使命感が、痛々しいラストでさえもある種の爽快感で彩っていたのに対し、今回は痴話喧嘩の末の悲壮感のみが際立っているのも、なんだかねぇという感じです。

ちなみに原題は「飛刀門 -THE HOUSE OF FLYING DUGGER-」。このままだとブルース・リーが主演しそうな香港映画的題名です。
宣伝戦略上、「HERO」に続けとばかりに「LOVERS -謀(はかりごと)-」なんて甘いタイトルにしたんでしょうが、今回ばかりは日本の配給会社の命名センスを誉めてあげたい。


それにしても、金城君は日本語だとセリフ回しがモッサリしていて大根役者なのに、中国映画だとイキイキしてるな
2004年 09月 13日 |
b0025831_1240615.jpg「バイオハザードII」も、先行ナイトで一足先に。

一作目はゲームの前日譚と言いつつ、オリジナル要素の強いホラーアクション映画だったのに対し、今作はもっとゲーム寄りでした。
映画としての出来、不出来は別にして、やはり「バイオハザード」の名前を冠するならこうでなくちゃと思った次第です。

ストーリーは原作ゲーム「BIOHAZARD3 : LAST ESCAPE」を下敷きにしながら、映画1作目のヒロイン・アリスを中心に据えてうまくアレンジ。特にもう一人のヒロイン(ゲームでは主役)ジル・バレンタインは、ファッション、役柄共にイメージ通りで秀逸です。さらに追跡者が「スタァーズ…」と呟くなど、サービスも満載。元ネタがわからない人、ごめんなさい。

ただ、クライマックスの格闘シーンはカットバックが激しくて、何してるかよくわかりません。
この手の映画で多用される手法ですが、はっきり言って私はキライ。もう少し正面切った描写で勝負して欲しかった。

それでも、ヤン・デ・ボンの起用でとんでもない凡作になった「トゥームレイダースII」よりは、遥かにマシ。
ホラー色はほとんどと言っていいほど無くなってますが、ポール・アンダーソンは製作・脚本に引っ込んで、監督交代が良い方向に働いたみたいです。
そしてお約束のフェイク・エンディング。90分強という尺も、ダレさせないためには丁度いい感じ。


ただ、ミラ・ジョボビッチの気風の良さは買うが、脱がない方がいいかも。
なぜって? それはまぁ…ねぇ。観ればわかります。
2004年 09月 13日 |
b0025831_12373025.jpg「ヴァン・ヘルシング」観てきました。

さすがソマーズ監督、全編これヤマ場の節操のなさで、メリハリなくノンベンダラリと盛り上げてくれてます。
登場人物は、始終高いところから落とされたり、ターザンロープでぶらんぶらんしてました。
あの頃に比べると格段に進歩してるはずのクリーチャーのCGも、ハムナプトラと同じチープさが漂うのは「味」ですか。

ケイト・ベッキンセールは彼女の前作とは正反対のヴァンパイアの仇敵に、ヒュー・ジャックマンは人間なのにウルヴァリン(いやウルフマン)になっちゃうのも皮肉でしょうか。…いや、きっと何も考えてないでしょうね。

しかし、「アンダーワールド」でも感じたんですが、ケイト・ベッキンセールはアップではどきっとするほどべっぴんさんで色気もムンムンなのに、食い足りない気がするのはなぜでしょう。
まるでこの映画自体を象徴してるようだ。
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The Original by Sun&Moon